領域概要
ユビキチンは、プロテアソーム依存的なタンパク質分解だけではなく、シグナル伝達、膜タンパク質の輸送、DNA修復、選択的オートファジーなど様々な細胞機能を時空間的に制御することが明確となってきました。このユビキチンの多彩な機能はユビキチン修飾の構造多様性(8種類の連結様式、鎖長、分岐、ユビキチンの翻訳後修飾の組み合わせにより生じる多種多様な高次構造)に由来し、その機能情報は「ユビキチンコード」と称されるに至っています。そして、個々の経路において基質タンパク質に生じたユビキチンコードが特異的なデコーダー分子に読み解かれることで機能を発現します。しかし近年、ユビキチンコードが想定外に複雑かつ動的であることが明らかになり、ユビキチンが制御する生命現象の理解のために、遺伝学的手法に依らない新機軸の解析・介入手法が渇望されています。
世界に目を向けると、プロテアソーム阻害剤によるがん治療の成功を契機として、ユビキチン化酵素や関連分子を標的とした阻害剤開発「ユビキチン創薬」が大規模に進展しています。特に、PROTACsやSNIPERsなど低分子化合物による標的タンパク質分解誘導技術は新世代の創薬手法として大きく注目されており、ユビキチン研究とケミカルバイオロジーの融合によるグループ形成の機運が高まっています。
そこで本領域では、有機化学によるケモテクノロジーを新たな武器としてユビキチンコードを「識る」「操る」「創る」研究を展開し、ユビキチンコードの動作原理を解き明かすと共に、ユビキチンを利用した新しい細胞機能制御技術の創成を目指します。
本領域は、ユビキチンコードをキーワードとして生命科学者と有機化学者が密接に連携し、ケモテクノロジーによる新機軸のユビキチン解析ツールを共に開発し活用することで、次世代型ユビキチン研究を展開します(図)。
そのため、ケモテクノロジーを利用してユビキチンコードの作動機構を解明する研究(A01)と、ユビキチンコード制御のためのケモテクノロジー開発に主軸をおく研究(A02)の2つの研究項目を設定しました。また総括班には、化合物スクリーニングやペプチド合成、最先端プロテオミクス解析、構造解析などの研究拠点を設置し、領域内全ての研究を強力に支援します。具体的には、個々のユビキチン修飾やデコーダー分子の特定の機能を瞬時に喪失させることが可能な低分子化合物や側鎖架橋ペプチド(ステープルペプチド)を開発し、各ユビキチン依存的経路におけるユビキチンコードの機能発現の作用機序を時空間的に解明します。特に、これまで解析が困難であったプロテアソーム、ユビキチン依存的オートファジー、炎症シグナル経路、膜タンパク質のエンドサイトーシスなどに焦点を当て解析を進めます。また、ケモテクノロジーと最先端プロテオミクス解析法を組み合わせることで、新規のユビキチンコードやデコーダー分子を探索すると共に、ユビキチン鎖高次構造の直接解析に挑戦します。さらに、低分子化合物による標的タンパク質分解誘導法を拡大し、ユビキチンコードを利用することで、量的制御のみならず、タンパク質の局在や機能発現を制御する方法論の創成を目指します。
ユビキチンコードの作動機構の理解が飛躍的に進展することが期待されます。本領域で開発された化学ツールは、ユビキチンが関与する新しいバイオロジーの発見、ユビキチン関連疾患の発症機構の正確な理解、さらにはユビキチン創薬に応用展開が可能であり、生命科学・医科学のイノベーションに多大に貢献できます。また、密接な異分野連携研究を通じて、生命科学者は新視点でのユビキチン研究を開拓し、一方で有機化学者は複雑なユビキチン修飾系を取り扱うことで新たな生命科学解析の方法論を開拓できることが期待されます。
総括班
領域代表者
佐伯 泰 公益財団法人東京都医学総合研究所生体分子先端研究分野 副参事研究員
研究分担者
内藤 幹彦 国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部 部長
岩井 一宏 京都大学大学院医学研究科 教授
村田 茂穂 東京大学大学院薬学系研究科 教授
総括班評価者
一條 秀憲 東京大学大学院薬学系研究科 教授
上杉 志成 京都大学化学研究所 教授
長田 裕之 理化学研究所環境資源科学研究センター 副センター長
田中 啓二 公益財団法人東京都医学総合研究所 理事長
永田 和宏 京都産業大学タンパク質動態研究所 所長